海瀬家の歴史

富士山を望むみかん畑

屋号を仲屋(なかや)とする海瀬家は、江戸時代後期より静岡県沼津市西浦河内に居を構え、みかんを中心とした柑橘類を栽培している歴史あるみかん農園です。

西浦地区は、沼津市の南部、伊豆半島の付け根に位置しています。
河内は、海岸線から少し山間に入った場所にあり、谷を流れる河内川の左岸に沿って細長い集落を形成しています。集落の背後には山の斜面が続く地形をしておりその斜面一面にみかん畑があります。

富士山を仰ぎおだやかな日差しと潮風がふく畑で収穫されるみかんは、酸味と甘みのバランスが絶妙な美味しいみかんです。

歴史ある建造物

海瀬家は、戸長を務めた家として武田家の家臣の兄弟であったと伝承されており、河内の草分けだと言われています。

仲屋海瀬家の住居は、江戸時代後期に建築された建物で、現在も住居として使用しています。

母屋は六間取りとなっており、おくざしきは、幕府の山林奉公の休憩所となっていたと言われています。

河内の天王祭りでは、神楽が奉納されますが、いわれとして、天保末年に内浦地区三津の大川家から嫁を迎えたご縁で三津の神楽が譲られたという話が伝えられています。

天王祭りでは、海瀬家のおくざしきに神輿を置き、中座敷でお囃子、神楽の舞いが行われます。

歴史を紡ぐ継承者

海瀬家住宅は、江戸時代後期に建てられた古民家です。現在の当主は19代目。孫にあたる21代目の若き当主、海瀬陽奈がみかん農園を継承し日々奮闘しています。
また海瀬家住宅は、沼津市で最も古い住宅と言われ、現在、国登録有形文化財登録申請をしています。